ゴーギャン、ウィノグランド、海老原祥子

先週の土曜日の2/6に、海老原祥子さんの個展「On the Road」とそのオープニングトークを見に馬喰町のKanzan Galleryに行ってきた。それから何か書こう書こうと色々考えているうち一週間経ってしまった。おっさん老いやすくなんちゃら。すぐ色々と忘れてしまうのでご容赦頂きたいけど、でも何かしら留めておきたいということでちょろっと書いてみる。

イントロダクションは、俺が「不可視性としての写真」を復刊してほしくてたまらない清水穣さんが写真と旅の関係性について写真史を踏まえて説明された。これはとても刺激的だった。写真史のなかで旅がどう関わってきたのか、タルボットから始まり、カラー写真を発明したリュミエール、ブルジョアたちが写真師を雇って世界中でカラー写真を撮らせたこと、ピクトリアリズムからストレートフォト、スティーグリッツ、エヴァンス、フランク、グッゲンハイム助成金でフリードランダーやウィノグランドも後に続いてアメリカ横断、本当の自分と出会う旅から徐々にクリシェ化する写真、ショアなどの登場、日本のプロヴォーク。薄汚れたヨーロッパから美しいタヒチへ旅することで、ゴーギャンは本来の自分を見つけることが出来たが、そういう「旅情」を旅行会社が商品化し始める。例えば「新しい自分と出会う旅」のようなキャッチコピーだったり。でも庶民はお金がないのでツアーで行くしかない。格安航空券も結局は旅行会社がまとめ買いした結果だからツアーでしかない。自分で旅に行く金さえないと社員旅行が楽しみになる。そして旅先で集合写真を撮る。海老原さんが「記念写真」のステージで選んだ場所は、実は貧しかった昭和の名残りであり、集団旅行時代の遺物である、と。そういう感じだった。そして実際そのような団体写真を撮る場所も減りつつあるとのこと。

旅の中に限らず、写真を撮るというのはそのとき何らかが自分に作用したからその反応でシャッターを切るのだと思っている(セットアップであろうと、スナップであろうと、シャッターを切るタイミングにはそれが大なり小なりあるはずだ)。こと旅行だと、いつものルーティンな生活から離れるので、そのような「何らかが自分に作用」するケースが増える。そこに写真と旅の親和性があるんじゃないか。ただ、最近はそういう考え方はあまり当てはまらなくなってきているのかもしれない。写真を撮ってすぐに違う場所にいる人らにそれを見せることが出来るので、撮りたいという気持ちより先に、存在証明や承認欲が現れているように見える。便利で手軽になった反面、撮って見せるまでのインターバルが短くなり、同様に旅情を感じるような隙も狭くなっている。またそれは、写真を撮る行為の身近さも影響している。なんでも便利に、お手軽に。海老原さんの「記念写真」は、本人がその作品に関してどう考えているかはさておき、そのようなお手軽さは無い。わざわさ一人でその場所まで出かけ、スーツを着て、現地でそれを生業にしている職業カメラマンに撮影を依頼し(交渉し)、お金を払い、それを撮ってもらう、笑顔で。面白い試みだと思う反面、なんて面倒なことを、とも思う。でもそれは海老原さんが鳴門の大渦を背景にした、誰もいない記念写真ステージを見たときに、「何らかが自分に作用」したんだと思う。だから自身でカメラを持つ持たないということは、あまり問題じゃない。自分起点での撮られる人と撮る人の関係性、牛腸茂雄が「Self and Others」で撮る側から表現したそれの逆バージョンとも言えなくもない。

その流れでいうと「On the Road」はそれの更に発展したバージョンと言える。海老原さんは自身をその場における異物と表現していたけれど、それはその写真にとっての起点だろう。自分を起点とした、顔ハメパネルで撮られる人とケータイでそれを撮る人の導線に対して、数歩後ろでさらにそれを撮る人、そして外野ともいえる周りの人たちを一枚の絵に収めている。視線の線が入り組む面白さもあるけれど、セットアップで撮られる-撮る-撮るという線を作りつつも、更に偶然性を引き入れようとする面白さに惹かれた。

次作の構想は詳しくは伏せるけど、これも自分起点での群衆論的な-Public Relations-ものへさらに発展していくのかな。Un-posedな写真ばかり普段見ている自分にとって、トークも展示内容も面白く、色々と考えさせられる興味深いものだったと思う。28日までやっているので、時間を見つけてもう一度足を運びたいとは思っているけれど、なかなか難しそうなのが辛いところ...