Fotografia Magazineに載ったよ、おっ母さん / by yota yoshida

やったぜ!

かれこれ一ヶ月以上前、Ryosukeさんに「YotaさんIPAとか出さないんですか」と聞かれ、言われてみれば確かにオンラインマガジン系にコンタクトしたことがなかったと思ったので、それなりに敷居も高くて有名どころの(だけど影響力はそんなにない気がする)Forografiaにペラっとプロジェクトのリンク付けてメールしたら「おう載せてやるぞ」と。で、インタビューのネタを振られるまで二週間待たされ、それからそれなりのボリュームのインタビューをインド人に鍛えられたラフな英語でがんばって書いて「英語ヘタだけどすまんな」って送ったら「確かにお前の英語はクソだけど俺が直してやるから安心しろ(意訳」と返事され、何とかしてくれるじゃろとマジで安心こいてたら、今日それが公開されたのは良いものの、がっつり半分くらい削られて今は少し意気消沈という感じ。少しでも多くの人にプロジェクトを見てもらえるのは嬉しいけれど、意図とズレるような解釈されるのも出来れば避けたいというのは正直な気持ちもある。他にも、どうやって写真を学んだとか、影響を受けた写真家の紹介なんかも質問されたんだけどな。英語もっと勉強しよ、いや俺の力量不足もきっとあるんだろうな。で、載ってない質問について書くはフェアじゃない気がするので割愛。それはいずれの機会に。ただ削られすぎて自分の意図と異なる気もするので、2つの質問内容を日本語で補足しておく。

What is photography for you? 

写真は撮ることと、それを見せることは異なります。写真を撮るとき、形式・手続き・知識・感覚が指に乗ってシャッターを切ります。私は何を見ているのか、何をどう撮りたいのか、どういう構図にするのか、フレーム内をどう整理するのか、被写体までの距離は正しいのか、それは撮るべきものなのか、被写体は何を語りかけているのか。これらを判断するとき、私がいままで経験したこと、影響を受けたこと、考えたこと、感じたこと、あるいは社会における私の立ち位置などは無関係ではありません。そしてそれを撮ったとき、その一枚は次の一枚へのプロセスとなります。少なくとも私はそう考えています。だから私にとって写真を撮るというのは「エクリチュール」です。文字が単に文字でないように、私にとって、写真は単に写真ではありません。

What is From Somewhere, to Elsewhere about?

小さく短いストーリーです。これは「我々はどこから来たのか?我々は何者なのか?我々はどこへ行くのか?」という問いに対する答えを探す旅の始まりをイメージしています。この問いはみなさんが知っている通り、ゴーギャンの絵画のタイトルですが、我々の持つ問いでもあります。そのような普遍的で根元的な問いを主題にしました。 ここには、私自身の意識の変化や社会的視点の変化も反映されています。詳しくは述べませんが、順番に、注意深く見ていただければ、それは自然と感じていただけるはずです。 そして、 このプロジェクトはまだ始まったばかりで、これから先長い時間をかけて形作られていきます。 この変化を楽しんで下さい。

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