娘と四谷三丁目の消防博物館に行く。こちとら休みだが満員電車に乗る羽目になり、二人して到着前に疲れる。通勤時によく観た「小学校低学年の子が一人ですし詰めの電車に乗って通学している光景」を何となく思い出す。この子にそれはさせたくない。博物館はコンパクトながらも見応えはあったが、もう一度行くことは恐らく無いだろう。

西澤諭志さんの個展”[普通]ふれあい・復興・発揚”を観る。普通とされる(自分もしている)光景の[普通]とは何なのか。面白い/美しい/良い/強いと言われる写真の持つ歴史的・政治的・地政学的な文脈に対して、批評的視点を欠いたままそれらを消費することの危うさ。あるいはシャッターを切らずに過ぎ去った無数の「普通」が、実は単に自身がその文脈に対して無知・無関心だっただけではないのかという揺らぎ。そういう事を考えていたら「私はあたりまえのことに対して戦争状態である」というエグルストンの言葉を思い出した。